頭では「動かなければ」と思っているのに、身体が動かない。
仕事へ行かなければならない。
家事をしなければならない。
周りに迷惑をかけてはいけない。
そう考えているのに、朝起きられない、身体が重い、何もする気になれない。
このような状態になると、
「自分が怠けているだけなのではないか」
「気持ちが弱いのではないか」
と、自分を責めてしまう方もいます。
しかし、動けなくなることは、必ずしも怠けではありません。
2Faceでは、頭で考えることと身体の状態が一致しなくなり、身体がこれ以上は進めないと動きを止めている状態だと捉えます。
今回は、うつ病や無気力とともに現れる心と身体の変化を、東洋医学の「心身一如」という考え方から見ていきます。
動けない状態が、すべてうつ病とは限らない
誰にでも、気分が落ち込んだり、何もしたくなくなったりする日はあります。
疲れがたまっているときや、嫌な出来事があったときに、一時的に元気が出なくなるのは自然なことです。
しかし、
- 気分の落ち込みが長く続く
- 何をしても楽しいと感じられない
- 身体が重く、疲れが取れない
- 朝起きることができない
- 眠れない、または眠り過ぎてしまう
- 食欲がなくなる、または食べ過ぎてしまう
- 動悸や息苦しさを感じる
- 人に会ったり、外へ出たりすることがつらい
- 仕事や家事など、日常生活に支障が出ている
といった状態が続く場合は、一時的な疲れとは異なります。
うつ病のように見える状態の背景に、身体の病気や服用している薬、双極性障害など、別の問題が隠れていることもあります。
動けない状態が続いている場合は、自分だけで判断せず、医療機関や専門家へ相談することも必要です。
頭で考え、身体で実行する
私たちは、頭と身体の両方を使って生きています。
この記事では、考える働きを分かりやすく「心(頭)」と表現します。
頭は、考えたり、決めたり、先のことを想像したりします。
そして、頭で考えたことを、実際に行動へ移すのが身体です。
「外へ出よう」と考えたら、身体を動かして外へ出る。
「相手に伝えよう」と考えたら、自分の声で言葉を伝える。
頭で考えたことを身体で実行することで、心と身体は同じ方向へ進みます。
しかし、頭で考えたことと身体の状態が一致しないとき、私たちの心身には負担がかかります。
頭では「まだ頑張れる」と考えていても、身体はすでに疲れている。
本当は嫌だと感じていても、頭でその気持ちを抑え込む。
休みたいと思っていても、「休んではいけない」と身体を動かし続ける。
相手に伝えたいことがあっても、関係を壊してはいけないと我慢する。
このような不一致が積み重なると、頭と身体は少しずつ別々の方向へ進み始めます。
頭で考え過ぎる現代の暮らし
現代の暮らしには、身体を使わなくても、頭の中だけで完結できることが増えています。
仕事、買い物、人とのやり取り、調べもの、娯楽。
ほとんど動かないまま、一日を過ごすこともできます。
便利になった一方で、私たちは頭に重きを置き、身体を使う機会が少なくなりました。
さらに人間は、過去の出来事を思い出し、まだ起きていない未来を想像する力を持っています。
過去の失敗や悲しかった出来事。
これから起こるかもしれない問題。
人からどう見られているのか。
間違った選択をしていないか。
頭の中で考え続けていると、身体は休んでいるように見えても、心身は休まっていません。
患者さんの中には、身体を横にしていても頭の中では考え続け、眠っている間の夢の中でさえ、思考が止まらない方もいます。
「こうでなければならない」というルール
私たちは、幼い頃から知らず知らずのうちに、さまざまなルールを身につけています。
「勉強をして、良い成績を取らなければならない」
「友達と喧嘩をしてはいけない」
「外では元気に、明るく過ごさなければならない」
社会に出てからも、
「会社の言うことを聞かなければならない」
「他人の意見に反対してはいけない」
「人の気分を害してはいけない」
「いつも笑顔で、親切に接しなければならない」
と、自分自身を無意識に縛ることがあります。
特に、真面目で責任感が強く、周囲に気を配れる人ほど、自分の身体よりも周りを優先します。
「迷惑をかけてはいけない」
「弱音を吐いてはいけない」
「もっと頑張れるはず」
そう考え、身体が発しているサインを、頭で抑え込んでしまいます。
動けなくなるのは、身体からの強制停止
頭で考え続け、身体の声を無視して動き続ける。
その状態が限界を超えると、頭では動かなければと思っていても、身体が動かなくなります。
朝起きることができない。
仕事へ行けない。
人に会えない。
何をするにも身体が重い。
眠りたいのに、頭が働き続けて眠れない。
2Faceでは、これは身体が壊れたのではなく、
「これ以上、頭だけで身体を動かしてはいけない」
と、自分自身を守るために、身体が強制的に止まっている状態だと考えます。
身体は言葉を話すことができません。
その代わりに、痛み、重さ、不眠、食欲の変化、動悸などを通して、今の状態を伝えます。
動けなくなったことだけを問題とするのではなく、その前にどれだけ身体のサインを無視してきたのかを見ることが大切です。
東洋医学の「心身一如」
東洋医学には、「心身一如」という言葉があります。
心と身体は切り離せるものではなく、一つにつながっているという考え方です。
心が疲れているのに、身体だけが元気であり続けること。
身体が大きく崩れているのに、心だけが安定し続けること。
東洋医学では、心と身体をそのように分けて捉えません。
頭で考え過ぎて眠れなくなる。
眠れない日が続き、身体が疲れ、気持ちが落ち込む。
不安によって呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。
身体の緊張が抜けず、さらに頭が休まらなくなる。
心と身体は常に影響し合っています。
そのため当院では、うつ病という病名や気分の落ち込みだけを見るのではありません。
睡眠、食欲、便通、呼吸、身体の緊張、冷えや熱、日々の過ごし方などを含め、その方の身体全体を確認します。
うつ病に対して鍼灸ができること
鍼灸は、医療機関での診断や治療、処方されている薬に代わるものではありません。
自己判断で通院や服薬を中断することも避けなければなりません。
そのうえで鍼灸では、頭で考え続け、緊張したままになっている身体に触れていきます。
うつ病や心の不調とともに現れる、
- 眠りが浅い
- 頭が休まらない
- 首や肩の緊張が強い
- 呼吸が浅い
- 食欲や便通が安定しない
- 身体が重く、疲労が取れない
といった状態を確認しながら、その方に合わせて施術を行います。
頭で「休まなければ」と考えても、頭が働き続けている状態では、うまく休むことができません。
だからこそ、頭で答えを探すだけではなく、身体の緊張をゆるめ、身体の感覚を取り戻していくことが必要です。
眠る、食べる、排泄する、呼吸する。
そうした身体の基本的な働きを整え、心と身体が再び同じ方向へ進める状態を目指します。
動けなくなったときの回復の順番
身体が動かなくなったときに、無理に元の生活へ戻そうとする必要はありません。
今の身体の状態に合わせて、順番に整えていきます。
1.まずは身体を休ませる
動けないときは、まず身体を休ませます。
「早く元に戻らなければ」と考えるほど、頭はさらに働き、身体は休めなくなります。
すぐに答えを出そうとせず、食事と睡眠を確保し、身体が休める時間をつくります。
眠れない状態が続く場合は、我慢せず医療機関へ相談してください。
2.動けるようになったら、少しずつ身体を使う
身体に少し余裕が出てきたら、無理のない範囲で身体を動かします。
激しい運動をする必要はありません。
短い散歩、ストレッチ、料理、洗濯、掃除など、日常生活の中で身体を使います。
身体を動かしている間は、頭の中で繰り返していた考えが一度止まり、「今ここ」に意識が戻りやすくなります。
ただし、身体を動かすことがつらい時期に無理をする必要はありません。
今の自分ができる範囲から始めます。
3.頭と身体を同じ方向へ戻す
身体を動かせるようになってきたら、頭で考えていることと、身体が感じていることを確認します。
頭では「やらなければ」と思っていても、身体は休みたがっていないか。
本当は嫌だと感じているのに、無理に引き受けていないか。
身体が発しているサインを無視していないか。
頭だけで答えを出すのではなく、身体の反応も含めて、自分の状態を考えます。
この順番を繰り返すことで、何をすると調子を崩し、何をすると回復しやすいのか、自分自身のパターンが少しずつ見えてきます。
冬は特に、考え過ぎに注意する
東洋医学では、冬は活動を広げる季節ではなく、力を内側に蓄え、静かに過ごす季節です。
自然界の植物や動物が休みに入るように、人間の身体も休息を必要とします。
しかし実際には、年末年始や仕事の繁忙期など、冬は一年の中でも忙しくなりやすい時期です。
身体は休みたいのに、頭では次々と予定を考え、動き続けようとする。
自然の季節と人間の暮らし、頭と身体の間に不一致が起きることで、無気力感や気分の落ち込みが強くなる方もいます。
冬は、いつもと同じように動けない自分を責めるのではなく、意識して休む時間をつくることも養生です。
心の余裕は、身体の余裕から
「あれもやらなければならない」
「考えることが多くて忙しい」
そう話す方の身体に触れると、全身が硬く緊張し、動きの少ない身体になっていることがあります。
心に余裕がなくなると、自分の身体に意識を向ける余裕もなくなります。
いつも行っていたストレッチをしなくなる。
家族には食事を用意しても、自分はお菓子や加工食品で済ませる。
お酒やスマートフォンで、考えないようにする。
余裕がないときほど、自分の身体が後回しになります。
しかし、心だけに余裕を持たせようとしても、身体が痛みや緊張でいっぱいであれば、心は休まりません。
心に余裕を取り戻したいときは、まず身体が呼吸できる余白をつくる。
身体の緊張がゆるみ、眠れるようになり、食べられるようになると、頭の中にも少しずつ余白が生まれます。
身体を使って暮らすということ
私には、尊敬している祖母がいます。
90歳を目前にした今も一人で暮らし、早く寝て、早く起き、よく食べ、家事をし、できる範囲で身体を動かしています。
祖母の口癖は、
「やることをやってから、自分の好きなことをすればいい」
です。
料理、掃除、洗濯などを終えると外へ出かけ、帰宅したら夕食をつくります。
若い頃と比べて、できなくなったことや時間のかかることも増えています。
それでも、そのときの身体でできることを淡々と続けています。
昔は、その姿を見ても何が楽しいのか分かりませんでした。
しかし、年齢を重ねても変わらず暮らし続ける祖母の背中には、健やかに生きるための基本が集約されているように感じます。
頭だけで生きるのではなく、身体を使い、目の前の暮らしを一つずつ行う。
その繰り返しが、心と身体のバランスを保っているのだと思います。
もっと人間らしくていい
思ったことを伝えていい。
無理に笑わなくてもいい。
話したくないときは、話さなくてもいい。
人と意見がぶつかることは、必ずしも悪いことではありません。
疲れたら休んでいい。
誰かの期待どおりではなく、自分の感覚を大切にしていい。
頭が考える「こうあるべき自分」と、身体が感じている「本当の自分」との差に気づくこと。
頭だけで身体を動かすのではなく、身体の声を聞きながら暮らすこと。
それが、心と身体を再び一致させる第一歩です。









