体を使って生きる。知覧への旅で感じたこと

こんにちは。

暦の上では立秋を迎え、いよいよお盆の時期となりました。

今年は雨や湿度の影響もあってか、蚊が大量発生していたようで、外出の多い方は虫刺されによる痒みや腫れに悩まされたのではないでしょうか。

かくいう私も、今年は実に42箇所と、盛大に虫に刺されました。

ところが立秋を過ぎてからの虫刺されは、腫れや痒みがほとんどなく、蚊の生命力もどこか衰えてきたように感じます。

そんな小さな変化を身をもって感じながら、季節の移ろいを感じる今日この頃ですが、今回は少し話題を変えて、私自身のことを綴ってみたいと思います。

先日、以前からずっと訪れたいと思っていた鹿児島県・知覧へ一人旅に行ってきました。

自然が多く、緑豊かな土地。

その道中では、新たな出会いや人とのつながりが生まれ、多くの方々の温かさや優しさに触れることができました。

そして今回の旅では、景色や歴史だけではなく、「自分の身体を使って生きること」についても、改めて考える機会となりました。

良かったら、読んで頂けると嬉しいです。

知覧へ向かった理由


旅の兼備録の前に、少し東洋医学の成り立ちについて説明させて下さい。

私が普段行っている鍼灸施術は、6世紀頃に仏教と共に中国から日本へ伝わった東洋医学を基盤としています。

江戸時代から明治初期までは、日本の医療において漢方薬や鍼灸が大きな役割を担っていました。

しかし明治維新以降、西洋医学が取り入れられるようになると、日本の医療は大きく変化していきます。

そして、それは医療だけの変化ではなく、教育や物事の考え方、体の捉え方までもが、少しずつ西洋的な価値観へと変わっていきました。

一見、「東洋医学」と聞くと、なんだか夢物語のような、空想の世界のもののように感じてしまうことがあるのは、私達が知らず知らずのうちに、西洋医学を中心とした教育や価値観の中で育ってきているからです。

しかし、東洋医学の学びを深めていく中で、東洋医学は単なる医療の知識ではないことに気づきました。

そこには、その時代を生きた人々の暮らしや価値観、自然との向き合い方、食事、睡眠、働き方、そして心と体を一つのものとして捉える、先人たちの知恵が息づいていました。

西洋医学が大きく取り入れられるようになったのは、ここ百数十年ほどのことです。

それに対して東洋医学は、日本に伝わってから千年以上の長い時間をかけて、人々の暮らしの中に根づいてきました。

人類の歴史という長い時間軸で見れば、東洋医学が人々の暮らしと共に歩んできた時間の方が、はるかに長い。

もちろん、長く続いているから正しい、という単純な話ではありません。

それでも、人間の体が自然の中で生きてきた長い歴史を考えると、私たちの体そのものが、ここ数十年、百年ほどの間に簡単に変わるわけではありません。

そして、そんな日本の歴史を知れば知るほど、自然を敬い、調和を大切にし、人を思いやるという、日本人が古くから受け継ぎ大切にしてきた、まさに東洋医学的精神に私は強く惹かれるようになりました。

そして、どんどん日本という国が好きになりました。

改めて、

「日本という国は、どのような歴史を歩み、今へと繋がっているのだろう。」

そんな思いが、少しずつ大きくなっていったのです。

その答えを知る為には、ネットから知識を得るだけではなく、実際にその土地へ足を運び、自分の目で見て、肌で感じることも大切なのではないか。

そう思うようになりました。

そうして今回、国や家族、そして未来を想い、命を懸けて戦地へ向かった若者たちの足跡が残る知覧を訪れることになりました。

そこには、歴史的事実を学ぶだけではなく、一人一人の人生や想いに触れ、命の尊さや平和の大切さ、そして「今を生きる」ということについて、自分自身の心で考えてみたい。

そんな思いがありました。

あえて、便利に頼らず体を使う旅

突然ですが、私は日頃から「できるだけ自分の身体を使って生きる」ということを一つのテーマにしています。

なぜかというと、あえてこの便利で何でも手に入る時代の中で、「不便」や「思い通りにいかない経験」を選択することは、人間が本来持っている感覚や力を取り戻すきっかけになると考えているからです。

そして、その考えは旅に出るとより顕著になります。

・できるだけ携帯電話に頼らず、自分の目で探す。

・分からなければ、人に聞く。

・土地の匂いや風、音を感じながら、自分の足でその場所へ向かう。

だからなのか、便利が当たり前の環境で育った子供には、

「ママとの旅行は地獄。」

と言われ笑

友人に旅のアクシデントを話せば、

「また何かの修行でもしてるの?」

と言われることもあります。

確かに、効率だけを考えれば遠回りで不便極まりない旅かもしれません。

でも私は、その遠回りの中にこそ、旅の醍醐味があると本気で思っています。

時間をかけるからこそ見える景色、疲れたからこそ感じられる達成感、道に迷ったからこそ出会える人がいます。

今回の旅でも、そのことを改めて実感する出来事がありました。

知覧へ向かう途中で出会った、温かくて優しい人達

鹿児島に着いた瞬間から、不便な旅の幕開け。

この時、携帯電話の充電は既に33%。

もちろんモバイルバッテリーなどは持っていません。

知覧までの行き方を空港の案内所の方に聞くと、バスの乗り継ぎを含めて、

鹿児島空港

鹿児島中央駅

知覧行きのバス

と、約2時間半かかるとのこと。

知覧行きのバス乗り場へ向かい、長蛇の列の最後尾に並んでいると、一人の70代半ばくらいのおじいさんが声をかけてきました。

「あなた、知覧に行くの?」

「はい。」

そう答えると、

「このバスは知覧とは反対方向に行くバスだよ。」

と教えてくれました。

今思えば、なぜ私が知覧へ行こうとしていることが分かったのか謎なのですが、あの一言がなければ、私は呑気に全く違う場所へ向かっていたと思います。

無事に知覧行きのバスへ乗り込み、1番奥の席に腰を掛けると、先ほど声をかけてくださったおじいさんが隣の席に座っていました。

「先ほどはありがとうございました。」

そんな他愛もない会話を始めると、なんとそのおじいさんは北海道旅行帰り。しかも同じ便に乗っていたそう。

更に降りる場所は私と同じ武家屋敷通りとのこと。

北海道旅行の思い出や、これから行きたい場所、これまでの仕事や生い立ちなど、目的地までの約1時間半、自然と会話が弾みました。

打ち解けた頃に、

「今日はどこに泊まるの?」

と何気なく聞かれ、予約画面を確認すると、まさかの予約ミス。

今日泊まるはずの宿を明日の日付で予約していた為、今日の宿がないことが判明。

時刻は既に17時。

知覧は17時を過ぎるとほとんどのお店が閉まり、宿の数も多くありません。

焦る私を見て、おじいさんも一緒になって空いている宿を探してくれました。

泊まれる宿を見つけて下さっただけでも十分有り難かったのですが、

「迷ったら困るから。」

と、わざわざ翌日泊まる宿の場所まで案内してくれ、その後は今日泊まる宿の前まで送ってくれました。

別れ際には、

「僕も困った時に助けられた経験がたくさんあるから。何か困ったことがあったら、いつでも連絡ちょうだい。」

そう言って、電話番号を書いた紙を渡してくれ、こちらを振り向くこともなく颯爽と帰っていきました。

その背中を見送りながら、

「もはや、これで旅が終わってもいい。」

と思うくらい感激していたのですが、この日の出来事はそれだけでは終わりません。

宿の玄関先で、お風呂上がりの一人の地元のおばあちゃんと目が合いました。

「こんばんは。」

と声をかけると、

「あなた、さっきバスに乗ってたわよね?」

と。

どうやら、私のことを覚えてくださったようです。

北海道から来たこと、ここに辿り着くまでに素敵なおじいさんに出会ったことなどを話していると、朝から何も食べていなかった私は猛烈にお腹が空いてきました。

「この辺で、どこか空いているご飯屋さんはありますか?」

と聞いてみたところ、やはりこの辺りのお店は早い時間に閉まってしまうとのこと。

残念がる私の様子を見て、

「まだ何も食べてないなら、これあげるわ。」

と、どこかで購入したお惣菜を手渡してくれました。

親切で優しい方との出会い、本日2人目。

正直、朝一番で家を出てから何も食べていなかった私は、その優しさが身に染みました。

その後も、お風呂の中では別の地元の方々との会話が繰り広げられ、和気あいあいとした温かい時間を過ごしました。

お風呂を上がり、部屋へ戻る途中の足取りは軽く、何だか宙に浮いているような気分。

部屋へ戻ってすぐに布団の上に寝転び、

「どうして、こんなにも気分が良いんだろう。」

と、今日一日の出来事を改めて振り返りました。

知覧特有ののんびりとした雰囲気、夏という季節の高揚感、元気な虫たちの音、草花の全開の生命力。

そうしたものももちろん大きかったと思います。

しかし、それ以上に大きかったのは、「便利」を「完璧」にこなしていたら、決して出会うことのできなかった人達との繋がりでした。

不便で、制限があって、人に頼らざるを得ない状況だったからこそ出会えた人達。

それは、幼少期の頃を思い出すようなどこか懐かしい感覚で、今よりずっと不自由だったけれど、なぜか心や体は充足感でいっぱいだったあの頃。

現代では「お節介」と言われてしまうかもしれないくらい、人の優しさや温かさがもっと身近にあった時代。

特に顕著に思い出したのは、友人や親戚との集まり、会社仲間での旅行、何処にでも私を連れ歩き、様々な方との触れ合いを大切にしてくれていた祖母の存在です。

振り返ってみると幼い頃から私は、人と人とのつながりの中にある温かさを自然と知っていたのかもしれません。

これまでわざわざ言語化する機会はありませんでしたが、いつも当たり前のように行っていた「不便を満喫する」という旅のマイルール。

この時初めて、その理由がはっきりと分かった瞬間でした。

体を使うと、見えてくること


翌日は、夏真っ只中の鹿児島。

午前8時の時点で気温は37℃です。

全身汗だくになりながら、スーツケース片手に今日宿泊する宿に移動し、スーツケースを置いたら、いざ特攻平和記念公園に出発です。

目的地までは、ひたすら坂道を登りながら徒歩40分程。

歩いている人の姿はほぼなく、あるのは緑と家とたまに通る僅かな車だけ。

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どこか懐かしさを感じる道。
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坂の途中、等間隔に置かれている灯篭。
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側から見ると、とても過酷な道のりのようですが、周囲に広がる緑、濃い土の香り、風に揺れる草木の心地良い音。

そんな普段なら見過ごしてしまうようなものを一つ一つ感じながら歩いていると、いつの間にか五感がどんどんクリアになる感覚がありました。

呼吸が深くなり、肩の力が抜けて、頭の中が静かになり、不思議と体は少しずつ緩んでいきます。

昔の人の言葉には、「腹が立つ」「頭に来る」「鳥肌が立つ」など、感情を体で表す言葉が沢山あります。

まさに、「心で感じるのではなく、体で感じる」

昔の人たちが体の感覚を大切にしてきた理由を、理屈ではなく体で理解した時間でした。

特攻平和会館で感じた事

目的地の知覧特攻平和会館には、開館時間の9時ぴったりに到着。

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そこからは時間を忘れるように、当時の特攻隊員たちが家族に宛てた手紙や遺書を、無我夢中で読みました。

気が付けばあっという間に閉館時間の17時。

実に8時間もの間、館内にいました。

滞在している間、ここには綴りきれないくらいの様々な感情に苛まれましたが、その中で特に印象的だったのは、17歳から20歳前後の青年達が書いたとは思えないほど、美しく整った達筆な文字。

一文字一文字が力強く、それでいて落ち着いて、綴られている言葉の数々や内容も含めて、とてもその年齢の青年達が残したものとは思えません。

とはいえ彼らもまだ親に甘えたり、将来のことを考えたり、これから何をしようかと考え、生きようとした若者達だったはず。

そんな彼らが自分の死を受け入れ、最後の言葉を残していく。

誰だって死は怖いはずです。

それでも多くの青年達が残した手紙が家族に向けられたものだと気付き、何通・何十通と読んでいる内に強く感じられたのは、「何より、家族を守りたい。」という強い思いでした。

きっと彼らは自分の為ではなく、家族の為、大切な人の為に命を捧げようと思った。

そこには良いとか、悪いとか、単純には計り知れない思いがあった。

改めて、今回実際にこの場所へ足を運んで感じたのは、歴史を知ることはただ過去を知ることではないという事です。

歴史を知ることは、自分の命を知ること。

命をかけて家族を守ろうとした人。
苦しい時代の中でも、懸命に生きた人。

そうやって、一生懸命に生きた一人一人の人生の積み重ねの上に、今の私達の命がある。
決して自分一人の命ではない事。

今回、知覧特攻平和会館を訪れたことで、改めて「命」について、そして「生きる」ということについて深く考える機会をもらいました。

そして、何となく漠然と頭で理解していることも、実際に現地へ足を運び、五感をフルに使って感じ吸収することは、頭だけで理解するよりも何倍もの学びがある。

改めて人は、心(頭)だけを使って生きている訳ではない、体をしっかり使って生きていかなきゃいけない。

そんな心と体の両方を使って生きる本当の意味を教えられたような気がします。

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翌日も、9時〜17時まで滞在しました。
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旅の思い出

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帰り道、見知らぬ方に頂いたお茶。
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道端で見つけた無添加ごま油のお店。
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汗でインクが滲んでしまってます。
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近くに住むおじいさんに
知覧の歴史を教えてもらった後、
自家製ブルーベリーを頂きました。
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宿の管理人さんが車を走らせ、
買いに行って下さった鹿児島名物地鶏。
旅の間も忘れない、タンパク質摂取(400g)。
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念願の武家屋敷に宿泊。
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綺麗に管理された庭。
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畳の香りに包まれた玄関。
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煎茶の魅力に気付かされてから、
毎日飲むようになった煎茶。
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鹿児島から東京へ行って、体が教えてくれたこと

鹿児島での滞在を終えた後、東京に住む友人に会いに行きました。

鹿児島では、自然豊かな場所でゆっくりと過ごし、心も体もすっかり心地よくなっていました。

そんな状態から、鹿児島とは対極ともいえる東京へ。

人の多さ、コンクリートに囲まれた景色、街の騒音、どこからともなく飛び込んでくる膨大な情報量。

さまざまな感覚器官に、途切れることなくダイレクトに刺激が入ってきます。

そして、同時に体が一気に緊張していくのが分かりました。

肩に力が入り、呼吸が浅く、周囲の音が気になり、頭が休まらない。

「頑張っているつもり」はないのに、体はこの膨大な刺激量に対応するために、ずーっと頑張っている感覚がある。

もちろん、東京には東京の魅力があります。

都会暮らしが良いのか、自然の中で暮らす方が良いのかも一人ひとり違うと思います。
人によって、心地良いと感じる環境も異なります。

ただ、人間という生き物としての基本的な部分はどうでしょう。

太陽の光を浴び、体を動かし、自然のものを見て、優しい香りを嗅ぎ、心地良い音を感じ、季節のものを食べ、人と話す。

そんな、人間が長い時間をかけて繰り返してきた「体が喜ぶ生活」や「体が元気になる生活」は、昔からそう大きくは変わっていないのではないでしょうか。

今回、鹿児島で心地よく整った体の状態を体感したからこそ、環境が変わったときに、自分の体に対する違和感をはっきりと感じとることができました。

体が教えてくれるというのは、「正にこういう事」というのを身をもって体感した東京滞在でした。

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お散歩したり、お弁当を食べたり。
1日の大半を代々木公園で過ごしました
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さすがに東京では携帯を使い目的地へ。
しかし、なぜかGoogle Mapでお勧めされる経路は、
電車ではなくバス乗り場。

最後に

本日は、お盆最終日ですね。

今回の旅では、知覧で「命」について考え、鹿児島の道を歩き、人と出会い、自然の中で五感を使い、そして東京へ移動して、環境によって自分の体が大きく変化することを感じました。

便利なものに囲まれていると、つい頭で考えて、頭で理解して、頭だけで完結させてしまいがちです。

でも本当は、私達は頭だけで生きているわけではありません。

歩いて、触れて、匂いを嗅いで、音を聞いて、人と触れ合い、食べて、眠る。

体の感覚器官である五感をフルに使って、私達は日々を生きています。

今回の旅を通して、改めて「自分の体を使って感じること」の大切さを知りました。

そして、どんな環境に身を置き、どんな情報を五感に取り入れるのか。

そこに、人間の心身が健やかになる基本があるのかもしれません。


また歳を重ねて知覧を訪れた時、今回とはまた違う何かを感じると思います。

時間がある限り、何度でも足を運びたい場所。
人間の原点を思い出させてくれるような場所。

今回訪れることができて、本当に良かったです。

最後まで読んで下さりありがとうございます。
皆様にとって、良い1日となりますように。

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