時代が進むにつれこれまでの「常識」が変化し、それに伴い私達の体における不調の原因というのも変化をします。
体に現れる不調な症状は人によって様々ではあるものの、私が日々施術を行う中で感じる現代の方々が不調に陥る原因にはいくつかの「共通点」があります。
その代表的なものが刺激と興奮です。
刺激と興奮とは
刺激と興奮。
とてもエキサイティングな言葉であり、耳にするだけでドキドキ・ワクワクを想像させる魔法の言葉です。
私達は無意識にこのような刺激と興奮を日常に彩りを与える“良いもの”として受け止め、生活の中に追い求める傾向があります。
また、東洋医学では感情を怒・喜・思・悲・恐の5つで現し、どの感情も偏り過ぎてしまえば心や体に不調を引き起こすといった考え方をしますが、刺激や興奮から得られる感情は5つの中でも喜びの感情です。
また、そのような興奮や刺激を引き起こす代表的なものが現代には大きく2つあります。
食べ物の刺激と興奮
食べ物には、興奮や刺激を引き出す食べ物があります。
東洋医学には五味と言って、味には酸・苦・甘・辛・鹹の5つの味があるのですが、その中でも特に興奮や刺激を引き出す食べ物が「甘味」になります。
甘味には、炭水化物(米・パン・麺)、お菓子、ジュース、添加物等が挙げられます。
これらの食べ物は疲れた時や不安・緊張感が強い時に口にすると一時的に心や体が元気になったように感じるのですが、その後はかえって心や体が疲弊し不安・緊張を引き起こしてしまう作用があります。
(疲れた時に、こってりした甘いものやラーメンが食べたくなる感覚です)
また、この甘味によって一時的に得られる幸福感(喜びの感情)には依存性があるので→疲れから不安や緊張が起こる→甘味で興奮→より不安や緊張が高まる→甘味で興奮といった負のループを繰り返す事で心や体が乱高下しやすいのはもちろん、お酒や煙草と同じような「依存性」があります。
しかし現代は、そのような興奮や刺激の多い食生活が小さな子供から大人に至るまで当たり前の時代であり、そんな当たり前が浸透している事もあって、まさか自分自身が「興奮・刺激過多」な食生活を送られていることに気付かない方も少なくありません。
現代は「食べ物によって不調になる時代」と言っても過言ではないと思います。
当院でも年々食の影響によって、健康の土台となる胃腸の不調を抱えられている方が圧倒的に多く、根本的な治療を行う以前に食事指導を行う場合も多々あります。
これまでの話によって、私達が想像する以上に現代は食べ物の刺激と興奮で溢れ、体調不良を引き起こす原因となっていると言う事を頭の片隅に入れて頂けたらと思います。
情報の刺激と興奮
食べ物の刺激と興奮に続き、現代は情報による刺激と興奮も凄まじいです。
24時間365日好きな時に好きなタイミングで様々な情報を受け取れるようになった事で、目や耳などの感覚器官は常に膨大な刺激を受け取り、心や体も同じく緊張・興奮状態が続いています。
少し話が逸れますが、子供がYoutubeなどを見ている側で私も一緒にYoutubeを見る事があるのですが、動画に使用している音楽や効果音、声のトーンやペースなど、そこには私達を興奮させる様々な仕組み、目を離さずにはいられない刺激的な仕掛けが沢山あります。
ゲーム1つとっても、私が小学生の頃に行っていたような穴に落ちて終わり。のような単純なゲームではなく、子供から大人までが大興奮し夢中になってしまうストーリーが沢山つまっています。
世界の天才達がありとあらゆる手段で作り上げられたゲームには、大人の私でも抜け出せなくなる自信があります。
先程食べ物による興奮・刺激のお話をしましたが、24時間いつでも受け取ることができる情報(SNS含む)やゲームにも、食べ物の刺激や興奮と同じくらいの「依存性」があります。
興奮・刺激過多な情報による心の動き
では、このような刺激や興奮といった沢山の情報を日々受け取り続けることで私達の心には何が起きるのでしょうか。
突然ですが、体は食べたもので出来ている。と言う言葉があります。
私達が普段何を体に取り入れるかにより体の調子が良い・悪いが決まります。
刺激や興奮が多い食べ物は体の至る所に炎症を発生させ、体の働きを低下させます。
また、体と同様”心”にも同じような作用が働きます。
私達が普段どんな情報を心に取り入れるかによって心の状態も大きく変化します。
例えば、心を興奮させるような刺激的な情報ばかりを取り入れれば、一時的に喜びの感情が訪れ幸福感に包まれても、その後はかえって心が疲弊し、不安や緊張を引き起こします。
不安が増すような情報ばかりを私達の心に取り入れれば、心は不安でいっぱいになり、穏やかな情報を私達の心に取り入れれば、心は安定し落ち着いた気持ちで日常を過ごす事が出来ます。
そして悲しい事に、世の中に溢れている情報は依存性の高い刺激や興奮といった情報がほとんどです。
そのような時代だからこそ情報を受け取るがままに、垂れ流し状態にしてしまっては、心はいつでも揺さぶられ疲弊し続けてしまいます。
改めて、体に何を取り入れ体を整えるかのように、心にも何を取り入れ心を豊かにしてゆくのか
ということが、体と心の繋がりを重視する東洋医学を学ぶ上で、この現代は特に気付かされる事がとても多いのです。
東洋医学の本質は心と体が穏やかであること
東洋医学は心と体のバランスが整い、穏やかであることが健康維持に必要な事だと考えられています。
一見つまらないように思えるような興奮と刺激の真逆にある穏やかな状態こそが心と体を健やかに保つ為には欠かせない事になります。
頭では理解していても、ついつい興奮や刺激的なものを追い求めてしまうのは、現代の私達の心や体が疲れているサインなのかもしれません。
情報の刺激によって誰かと比較してしまう世界
現代はニュースやSNS等でキラキラした刺激的な情報が溢れています。
興奮・刺激的な人生があたかも良いものだとして取り上げられ、それに比べ平凡である自分がいけないのではないかと思われる方も少なくないと思います。
当院に来て下さる患者さんには女性の方が多いのですが、会話をする中で私が良く耳にする言葉が「他の人はもっと上手く出来ているのに。」などの自分と自分以外の人を比べる言葉です。
私はその言葉を聞く度に胸が締め付けられる気持ちになるのですが、よくよく耳を傾けてみると、
・結婚しても、働くのは当たり前。
・育児と家庭、仕事の両立が出来るのは当たり前。
などのような女性の社会進出に伴う「仕事」をテーマとした悩みが多いような気がしています。
そしてそれらの悩みと言うのは、私達が日々無意識に受け取っている誰が作ったのか分からない「暗黙のルール」や情報によって思い込まされているような気がしてならないのです。
話は変わりますが、仕事における働くの意味は、はた(他)を楽(らく)にするという意味が元々の由来だそうです。
社会に出て人の役に立つ事はもちろん素晴らしい事ですが、自分自身の身近にいる家族や友人、側にいる人の役に立ち、楽にしてあげることも立派な働く事の1つだと私は考えています。
自分自身が基準となる東洋医学
西洋医学は検査データの「基準値」を超えたものを「病気」と判断し、治療がスタートします。
一方で東洋医学には「基準値」と言うものは存在しなく、例え検査データで「基準値」を超えていなかったとしても、その方自身が何らかの体調不良を抱えている時点で治療がスタートします。
一言で言うと、データや数値などの外側をみるのが西洋医学。
自分自身の内側をみるのが東洋医学と言い換える事が出来ます。
私達は幼少期から一貫して、データや数値などの基準値があるのが当たり前である西洋医学的な思考の上で育っています。
そんな生活が過去から現在まで根付いている私達にとって、”つい誰かと比べてしまう”ことや、“常識を求めてしまう”と言うことはある意味致し方ない事なのかもしれません。
しかし、東洋医学は一定の基準もない、誰かと比べる事もない、自分自身を基準とする医学です。
東洋医学に対し、ほんの一握りの人にしか効力を発揮しない、まるで魔法のようなイメージを持たれる方も少なくないのですが、実はとっても広い視野でみることを重要視し発展してきた医学なのです。
極端は心や体を傷つけてしまうもの
私自身、過去を振り返るとどんな出来事に対しても黒か白なのかをジャッジする極端人間だったように感じます。
やる気がある日は余力がなくなるまで頑張り続け、その分皺寄せがきては突然全てが停止し動けなくなることが当たり前の日々。
極端な思考や体の使い方によって心や体はいつも乱高下を繰り返し疲弊していました。
また、食生活においても刺激や興奮をいつも追い求めていたような気がします。
しかし、東洋医学を学ぶ上で知る事が出来た健康の本質は「心や体が穏やかである。」というとてもシンプルなものでした。
興奮や刺激的な食べ物と不調。
白黒つける極端な考え方と不調など、
極端なものは全て自分自身を傷つけ、不調や病に発展させてしまうことだという事を身をもって体感したのと同時に様々な患者さんを拝見する中で
確信を得たものとなりました。
現代は年々心における不調が増え、体の不調を越えた心の時代とも言われています。
情報が発達した事によって私達はすぐさま答えを導き出そうとします。
良い・悪い。まるで物事には白と黒の2つしかないかのような極端な選択肢に迫られる事も心が窮屈になってしまう原因の1つなのかもしれません。
グレーな日が心地良い
世の中の様々な事柄は白黒で片付けられる事の方が少なく、そもそもグレーな事の方が多いです。
天気にしてもパッとしない曇りの日であることの方が1年の中でも圧倒的に多いです。
白でも黒でもない中間にあるグレー。
そんな何とも曖昧な色、グレーが食や思考に始まる全ての事において偏り過ぎない、心身を健やかに保つ為の秘訣であり、細く長く健康に生きる為の基本のように思えます。
最後に
私の周りには心から尊敬する年配の患者さん方がいらっしゃいます。
その方々が口を揃えて言うのは、「今が1番幸せ。」という言葉。
私から見たそんな幸せな生活は朝起き、ご飯を作り、お散歩をして、友達と話す。と言った何て特別なことはない日常です。
しかし、きっと私が想像もつかないような様な出来事を乗り越えてきた方々が人生の後半に口にするそんな言葉が、本当の幸せの本質を教えてくれているような気がしています。
刺激と興奮の世界より、穏やかな世界。
白黒の世界よりグレーな世界。
そんな日々を大切に過ごしてゆきたいものです。