「体は、食べたもので出来ている。」
誰でも一度は聞いたことのある言葉だと思います。
分かっているつもりでも、便利なものが溢れる現代では、意識をしなければ、知らず知らずのうちに食事が偏ってしまいます。
私が日頃から患者さんに食事の大切さをお伝えしているのは、毎日の食事と心身の不調には、切っても切り離すことのできない関係があると感じているからです。
昔も今も、健康の基本に食事があることは変わりません。
しかし、暮らし方や食べるものが大きく変化した現代には、以前とは異なる不調の背景があります。
今回は、昔と現代の暮らしや食事の違いを振り返りながら、身体を整えるために、なぜ食事が大切なのかをお伝えします。
昔と現代で変わった暮らしと食事
現代ほど交通機関や家電が発達していなかった時代は、仕事や家事、育児など、日常生活の中で身体を動かす場面が多くありました。
空調設備も十分ではなかったため、暑さや寒さ、湿気、乾燥など、季節や天候の影響も直接受けやすい暮らしでした。
一方、現代は暮らしが便利になり、季節を問わず、さまざまな食材や加工食品を手軽に選べるようになりました。
便利な食品そのものが悪いわけではありません。しかし、忙しさから同じような食品や手軽な食事が続くと、知らないうちに食事が偏り、胃腸へ負担をかけることがあります。
大切なのは、特定の食品だけを悪者にすることではなく、毎日の食事の積み重ねが、今の身体をつくっていることに目を向けることです。
日本人の食文化と季節
少し余談になりますが、元来日本人は昔からこの小さな国、資源の少なく自然災害の多い国で「季節と共に調和し過ごすこと」を大切にしてきた民族です。
例えば、東洋医学の考えに基づく季節(自然)の移り変わりを二十四の季節に分け見つめた二十四節気は、もともと農耕を円滑にする方法として活用されていました。
二十四節気を元に農作物を安定して作ることは、日本人にとってはとても重要な事だったのです。
また暦を見ても各季節ごとに開かれる行事、日本人独自の文化、俳句や季語などの文学や詩歌、芸術、美術においても季節というものが高い割合で取り入れられています。
そのように、日本人はありとあらゆる面において「季節と自然」を大切に育んできた民族です。
そしてこの食事においても「各季節にとれた旬の食材を頂く」という事を本来は大切にしてきたように思います。
春は春の食べ物、夏は夏の食べ物、秋は秋の食べ物、冬は冬の食べ物を頂き、季節の栄養を取り入れ心と体を養う。
そんなことが、日本人の心や体を健やかに保つ知恵として自然と生活の中に溶け込んでいました。
何故季節の旬の食材を食べることが大切なのか
各季節で採れる旬の食材は、その食材に適した環境で育つため、栄養価が高くなりやすく、成長も早い。また、栽培方法によっては農薬の使用を抑えられる場合もあります。
例えば、冬のキュウリと夏のキュウリを比べると、夏のキュウリの方が色も濃く、大きさもしっかりしていて、みずみずしく美味しいです。
東洋医学では、食材には身体を冷ます性質や、温める性質があると考えます。
例えば、夏に採れるトマトやキュウリ、茄子などは、暑さによって身体にこもった熱を冷ます食材です。
そのように旬の食材を頂くということには、私達の体を各季節に順応させ、各季節で現れやすい不調を防ぐという意味が含まれています。
食べ物からくる不調が取れづらい理由
何度も言いますが、体は食べたもので出来ています。
食べたものが心と体の栄養となり、今の自分自身の状態を映し出します。
現代では、旬の食材を食べる機会が減り、加工食品に偏った食生活になることも少なくありません。
それらを口にすることが当たり前になった食生活は、月日とともに積み重なる地層のように、少しずつ身体への負担となっていきます。
食べものは、体をつくる土台です。
いくら食事以外の方法で外側から整えようとしても、食事によって身体の内側を整えることが出来なければ、不調は取れづらくなります。
一時的に心や体を楽にしてくれる方法は世の中にたくさんありますが、食事は日々の積み重ねであり、一生ものの健康法です。
これからもっと、食べ物による不調が多くなる
今後はさらに利便性が求められ、手軽に食べられるものも増えていくと思います。
便利さに頼ることが悪いのではありません。けれど、何を口にしているのかを意識しなければ、気づかないうちに食生活が偏ってしまいます。
そんな時代だからこそ、今一度、食事の大切さを見つめ直す必要があると思うのです。
今の私達に出来ること
私達に出来ることは、食べるものが自然なものか、不自然なものかを考えることです。
一見難しいことのように感じますが、決して特別なことではありません。なるべく旬の食材を選び、自然な製法でつくられた調味料を使う。
まずは、そこから始めることをおすすめします。
自然なものは、口に入れた瞬間に強い味が広がるというより、「少し物足りないかな?」と感じるような優しい味です。
それが、身体に優しく、身体にこたえない味になります。
自然を見て、過ごし方と食を学ぶ
かつての日本人が二十四節気を通して季節の移り変わりを見つめていたように、自然の様子は、私達がどのように過ごし、何を食べるとよいのかを教えてくれます。
東洋医学では、季節ごとに関係の深い臓と味があると考えます。
春は発生。新芽が出る時。
人間も少しずつ体を動かし、活動に向けて準備をする季節です。春と関係の深い肝を養う、酸味を頂きます。
夏は成長。植物が大きく繁茂する時。
人間も活発に外へ出て、太陽を浴びる季節です。夏と関係の深い心を養う、苦味を頂きます。
季節の変わり目にあたる土用は、胃腸を労わる時。
脾胃を養う、穀物や野菜などの自然な甘味を頂きます。
秋は収斂(しゅうれん)。木の葉が落ち、幹に栄養を蓄える時。
人間も冬に向けて、必要なものを蓄える季節です。不要なものを手放し、秋と関係の深い肺を養う、辛味を頂きます。
冬は収蔵(しゅうぞう)。寒さに耐え、静かに力を蓄える時。
人間も家でゆったりと過ごし、心と体を落ち着かせる季節です。冬と関係の深い腎を養う、塩味を適度に頂きます。
このように、自然の様子と私達の心と体はつながっています。
私達も植物や動物と同じように、自然界の中で生きる一員です。自然を見つめることで、季節とどのように寄り添い暮らせばよいのかが、少しずつ見えてくるのです。
鍼灸は、体の方向性を整える指針
食事のあり方が大きく変化した今、不調を整えるためには、日々の食事と鍼灸、両方からのアプローチが必要だと感じています。
食事は、患者さん自身が毎日行う養生。
鍼灸は、身体が進む方向を整える施術です。
本来の鍼灸施術には、その季節に順応した身体へ整えるという目的があります。
例えば、夏になっても汗をかけず、身体に熱がこもっているのであれば、ツボを使い、熱を外へ発散できる夏の身体へと促します。
夏なのに冬のように身体が冷えている。秋なのに春のように気が外へ向いたままになっている。
このような季節と身体の不一致が、不調につながります。
旬の食材も鍼灸も、その季節に順応した身体をつくるためのもの。
食事と鍼灸の両方から身体の方向性を整え、春夏秋冬、それぞれの季節に合わせて過ごせる身体を育てていく。
その先に、本当の意味で心身ともに健康な自分自身へと変化していくのだと、考えています。
最後に
食事は、人生の一部です。
だからこそ、これまでの食生活を見直すことは、自分自身を否定されたように感じたり、負担になったりすることもあると思います。
私も鍼灸師として、食事のことを伝えずに施術だけを行っていれば、患者さんはもっと気楽に過ごせるのではないかと、葛藤したことがありました。
それでも、私が鍼灸師を志した時から大切にしてきたのは、その場凌ぎで不調を和らげるだけではなく、その背景にある原因まで見つめることです。
食事は、東洋医学を学ぶうえで切り離すことができない、身体をつくる土台です。
だからこそ、施術だけで終わらせず、今の身体に必要な食事や養生を伝えることも、鍼灸師としての私の役割の一つだと感じています。
すべてを一度に変える必要はありません。
便利なものが溢れ、意識をしなければ、知らず知らずのうちに食事が偏ってしまう時代だからこそ、まずは自分が毎日何を口にしているのかを知ることから。
それが、身体を整える最初の一歩です。
自分自身、家族、そして未来のためにも。
このBlogが、日々の食事を見直すきっかけになれば嬉しいです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。









